今回は『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』の感想を書いていきます。

『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』の感想

始めに言っておきますが、自分はSF作品を読んだことがほとんどないSF初心者です。

「SF好きという訳ではない百合好き」視点からの感想となることをご了承ください。

また、「キミノスケープ」~「彼岸花」までは創刊以来初の三刷となった「SFマガジン2019年2月号 百合特集」の再録なのでご注意を。

ではいつものようにいきます。

キミノスケープ(宮澤伊織)

ある日、主人公である「あなた」以外の全ての人間がいなくなってしまった世界を描いた作品。

この作品の特徴は主な登場人物が一人しかいないという点。

なのになぜか百合を感じるんだ。

百合は一人でも成立するという可能性を示したという意味では凄く画期的な作品。

作者の宮澤伊織先生のインタビュー記事を読む限りかなり百合への拘りがあるように思える。
百合が俺を人間にしてくれた――宮澤伊織インタビュー
「なぜかデカい風景には、それだけでそこに百合味がある。」は名言。

全てを理解することは難しいが自分の百合観を広げてくれるインタビュー記事なので百合好きは読んだほうがいい。

四十九日恋文(森田季節)

古くからの百合姫読者なら森田季節先生の名前は見慣れているのでは。

ゆるゆりのノベルアンソロジーにも寄稿していたりするし、百合好きからすれば今回のアンソロジー参加メンバーの中では最も馴染みが深いと思う。

『四十九日恋文』は、死者と49日間だけ交信が出来るけど使える文字数は1文字ずつ減っていくという世界を舞台にしている。

突然死んでしまった恋人に、限られた時間と文字数の中で何を伝えるかという内容。徐々に減っていく文字数が切ない。

設定もわかりやすく、SF初心者でも読みやすい内容。かなり明確に百合百合してるのもポイント。

それにしてもいきなり短歌で始まったから『ウタカイ』の世界を再利用してるのかと思ったゾ。

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ピロウトーク(今井哲也)

本アンソロジー唯一の漫画作品。

枕を失くして眠れなくなった先輩とそれにつきあって枕探しの旅をしている後輩を描いている。

設定からオチまでかなりぶっ飛んでいるのだがSF百合っぽさはよく表現できていると思う。

ページ数が少ないうえに漫画なのでこの作品に触れている時間が圧倒的に短くなってしまうのが残念。どうしても印象に残りにくいのよね……



幽世知能(草野原々)

「微分って百合」「関数というのはカップリング」という名言を生み出した草野原々先生による「関数百合」作品。
参考記事→百合が俺を人間にしてくれた【2】――対談◆宮澤伊織×草野原々
まあ哲学的ハードSFである。

登場人物たちは難しいこと言ってるようだが、要は相手に対してマウント取りたいだけやねんな。

「マウンティング」ってネガティブなイメージのある単語だけど、百合におけるマウンティングは結構重要な要素になることがある。

男女カップルだと自然と男性側が優位なことが多いが、百合の場合同性同士なのでどっちがマウント取るかという点にある程度自由が存在する。こういうのも百合の面白さだと思う。

あとどうやらグロ描写は作者の好みらしい。

彼岸花(伴名練)

大正浪漫×お姉さま×吸血鬼とかいう属性てんこ盛りの作品。

吸血鬼が跋扈する世界を舞台に、吸血鬼の「姉」と人間の「妹」の絆を描いている。

ここでいう「姉」と「妹」は言うまでもなく疑似姉妹であるが。
関連記事→『カヌレ スール百合アンソロジー』の感想
交換日記の形式で進むのだが、徐々に明らかになってくる設定や真実が恐怖感を煽る。文体が非常に美しくて好感が持てる。

最後の日は現実でもあった「あの日」。

ちなみに赤い彼岸花には「悲しい思い出」の他に「転生」「再会」という花言葉がある。この作品にぴったり。

月と怪物(南木義隆)

ソ連百合」というパワーワードで有名な『月と怪物』。

国家というこの世界を我が物で闊歩する巨獣が互いを喰らいちぎり、血を流し身もだえするかのような時代にセールイ・ユーリエヴナは産み落とされた。
 一九四四年、第二次世界大戦の末期、ソヴィエト連邦の北東の貧しいコルホーズ(集団農場)の家の二人目の娘である。

かなり異質な書き出しだが、この作品はコミック百合姫とpixivが主催した「百合文芸小説コンテスト」に投稿された作品である。

もともと「SF百合」として書かれた作品ではないのでこのアンソロジーに収録された作品の中でSF要素は最も薄い。コンテストに応募された作品の中で明らかに異彩を放っていたため非常に話題になったという経緯がある。

『月と怪物』の内容としては、第二次世界大戦の末期に、施設で育てられることとなった姉妹を描いた作品。

姉妹百合だと思わせてのあのカップリングは非常に斬新。後から真実を知るパターンなのも面白い。まあ姉妹百合でもあるんだろうけど。

ただ、話が凄く暗いので好みは分かれるだろうなとは思った。

かなり加筆修正が加えられているので既にpixivで読んだ人も読もう。



海の双翼(櫻木みわ&麦原遼)

ここからはすべて書き下ろし作品になる。

『海の双翼』は簡単に言ってしまえば異種族間三角関係百合

私自身は、このお話を書いている間、他者に惹かれるとはどういうことか、そして他者を愛するとはどういうことかを、ずっと考えていました。これが百合かどうか? は皆さんそれぞれの「観測」にお任せするとして、形態も年齢も越えた、ひとつの愛のゆくえを目撃していただけたら幸いです。

「百合かどうか」をぶん投げてきた(笑)。

よく考えたら登場人物の性別が女性とは明確にされてないのだが、それでもやっぱり百合なんだよなぁ……そもそも性別あるのか謎。

種族を越えた愛っていうのはかなり重くていいテーマだと思った。人間×人外とか人外×人外の百合アンソロジーは既に出てるし「人外百合」のスペシャリストも存在するのだが、まだまだ発展させられるジャンル。

ただ、合作ということもあるのか誰からの視点なのかがちょくちょく変わり、SF初心者にはやや読みにくい印象はある。

色のない緑(陸秋槎(訳:稲村文吾))

近未来のイギリスを舞台に、親友が自殺した原因を解き明かそうとする作品。

この作品も感想を見ると百合なのかと言われていることが多いのだが、「自殺の原因を解き明かしたい」という裏には女同士の巨大感情があり、それに名前をつけるなら「百合」でしかない。ゆえにこの作品は百合である

確かに「百合アンソロジー」に収録するならもっと百合要素を入れたほうがいいのかもしれないけど……個人的にはこの程度でも全然アリ。無理やり詰め込んでもマイナスになる可能性がある。

まあ百合云々を抜きにしても単純に読み物として面白い。翻訳ものではあるがかなり読みやすいし。

「文法上は成立していても語義を成さない文」というのは面白い視点。Wikipediaにも載っているのだが知らなかった。
Colorless green ideas sleep furiously -Wikipedia
一応文脈の上で意味を持たせることに成功したらしい……とはいえこの文単体で意味を成さないのは変わらないのだが。

もともと言葉って曖昧なものだし変化していくもの。「百合」の定義も同じだと思う。

ちなみに個人的には百合との相性が最もいい言語は日本語だと信じている。

ツインスター・サイクロン・ランナウェイ(小川一水)

作者曰く「架空ガス惑星辺境文化巨大ロケット漁船百合」。本来男女でペアを組むところを女同士でやっちゃえ、って話。


「SF百合」として誰もが想像するような作品だと思う。かなり明るい作風なので安心。

カップリングとしてはおっとりした年上と生意気な年下の年の差百合。こう書くと普通に見える。

こんな世界観でも男性優位社会になってるのが妙なリアルさを感じる。だからこそ女同士である意味が出てくるんだろうけど。

結局おっぱいは正義なんだよなぁ……おそらく普遍の原理だろう。



まとめ

全体的に登場人物の死亡率が高く、結構しんどい話も多いのですが、最後に明るい話を持ってきたのは好采配だと思います。アンソロジーは最初と最後の作品が重要ですからね。

このアンソロジーを読んで改めて「百合とは何か」を考えるきっかけになりました。というのも、百合かどうか曖昧な作品が多いからです。

「百合SF作品」を発注して『色のない緑』『海の双翼』のような作品があがってくるのは面白いと思いました。『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』はまさに「百合SF」ですが。

あと『キミノスケープ』はSFマガジン掲載時も百合なのかどうかが話題になったようです。

それに関連するのですが、先日ツイッターでこのようなツイートを発見しました。


百合じゃん。

もちろん誰もいないただの風景なんだけど、これに百合を感じる人が多いからこそ伸びてるわけです。まさに『キミノスケープ』が狙った「不在の百合」。

SFマガジンを買う人は当然百合ファンばかりではないので、「百合への理解度」という点では百合ファンとのギャップが存在します。

百合ファンじゃないと上の写真から百合を感じるのは不可能に近いですからね。百合は奥が深い……

『異世界転生百合アンソロジー』の感想でも書いたんですけど、この手の「〇〇」×「百合」というアンソロジーは「〇〇ファン」が手に取る可能性を高めてくれるので、百合界にとって有益だと思っています。これをきっかけに百合ファンになる可能性もあるので。

実際自分は「SF」も「異世界」も特に好きなジャンルではありませんでしたが「百合」は好きだから買ったわけですし。

普段SF作品を読まない自分でも楽しめる素晴らしいアンソロジーでした。かなり好評だったっぽいのでまた「百合SFアンソロジー」やって欲しいですね。


アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー